鍼灸師になる前に訓練所でお灸を受けたことがある方のお話を聞いたことがあり、詳細な調査をまとめた調査報告がありましたので紹介します。
要点のまとめ
・一気寮は、満蒙開拓青少年義勇軍訓練所内に設置された灸療専門施設であり、国家的な計画の一部として組み込まれた稀有な存在でした 。
・灸療は訓練生の健康増進(渡満灸)と病気の治療に用いられ、夜尿症や結核疑い者などに対して良好な結果を上げていたと報告されています 。
・一気寮では240時間の灸療の特技訓練が行われ、訓練生が互いに実習を行い、渡満後も活用できる灸療技術を習得しました 。
・灸療に期待される役割は時代とともに変化しましたが、一気寮での活動は医療手段の多様性、持続可能性といった観点から現代においても重要な示唆を与えています 。
日本の歴史の中に埋もれた、お灸の知られざる物語です。今から80年以上前、戦時中の日本に、国家的な規模で「お灸」が活用された場所がありました。
それが、茨城県水戸市内原の満蒙開拓青少年義勇軍訓練所(1938〜1945年)の中にあった灸療所「一気寮」です。、国家的な計画として満灸州への開拓民を育成するための訓練施設でしたが、そこに「お灸」を使った専門の灸療所があったのです。
「一気寮」は、鍼灸師の代田文誌先生と田中恭平先生の提案によって、加藤完治訓練所長の理解と協力のもと作られました 。ここでは、訓練を受ける若者たちの健康増進と病気を治すためにお灸が使われ、お灸の技術を教える訓練も行われていました。
内原訓練所には1938年から1945年にかけて総数9万人を超える訓練生が入所しました 。一気寮でのお灸は、これら多数の訓練生に対して、病気にかかりにくい丈夫な体を作るために、保健灸(渡満灸)として全員に施灸が行われる計画でした 。
夜尿症(おねしょ)、結核疑いといった病気への灸療が行われ、一定の成果が見られた様で、夜尿症に関しては、1943年3月から9月中旬までに記録がある63例(うち62例が15または16歳)の報告では、お灸をした人は46例中41例が全治または良好でした。
結核疑いでは、お灸をした部隊と、していない部隊で比較して入院・休養の合計数が少ないという結果が示されています。結核が疑われる者に対するお灸に関しては、現代においても医療事情が良くないアフリカにおいて結核の補助療法として行われ、薬物療法のみよりも薬物療法お灸を加えたほうが経過が良好な様です。
満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所の「一気寮」は、戦時下の特別な状況下で、若者たちの健康を支えた灸療所でした 。
当時の所長の理解と著名な鍼灸師たちの尽力によって設置され 、健康増進のための全員への施灸や、夜尿症、結核疑いといった疾病への治療が行われました 。
現代の視点で見ると、一気寮の活動は、医療の手段は一つではなく、様々な方法を組み合わせること(多様性、補完性)や、特別な設備がなくても活用できる(汎用性、持続可能性)ことの重要性を教えてくれます 。
参考文献
山下 仁:満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所の灸療所「一気寮」に関する調査報告
日東医誌 Kampo Med Vol.71 No.3 251-261, 2020