田端鍼灸院 調和堂鍼灸治療院
鍼灸治療の作用機序について、要点と、身体の各部位での作用についてご説明します。
鍼治療の作用機序の要点
・鍼を打つと、その場で神経が刺激されて、血管が広がり、血流が良くなります。その結果、痛みのもとになるものが流れていき、痛みを和らげる物質や炎症を抑える物質を増やして、その場の痛みを直接落ち着かせます。
・鍼の刺激が脊髄に届くと、痛みの信号が脳に伝わるのを減らしたり、身体自身の痛み止めの物質を増やしたりして、痛みを和らげます。
・鍼は脳の痛みの感じ方を変えたり、気分を良くする物質を増やしたり、脳全体のバランスを整えたりして、痛みだけでなく、痛みによって起こる不安や落ち込みといった感情も和らげ、心身ともに楽になるように導きます。
お灸治療の作用機序の要点
・お灸の心地よい温かさは、施灸部位の血管を拡張させ、血流を改善します。これにより、体中の細胞へ酸素や栄養がより効率的に運ばれ、筋肉の緊張緩和、組織の修復促進、疲労回復などが期待できます。
・お灸の熱と刺激は、神経系に働きかけ、痛みを和らげる効果があります。体内で自然に痛みを抑える物質(エンドルフィン等)の分泌を促したり、痛みの信号が脳へ伝わる経路を調節したりすることで、慢性的な痛みを軽減します。
・お灸は、意識とは関係なく身体の機能を調整している自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを整える作用があります。ストレスや不規則な生活で乱れがちな自律神経のバランスが整うことで、リラックス効果が高まり、不眠の改善や精神的な安定にもつながります。
・お灸の刺激が脳の活動に変化をもたらすことが科学的に示されています。特に、痛みを感じる脳の領域や、感情や気分に関わる脳のネットワークに影響を与えることで、心身の不調を改善し、より良い状態へと導く可能性があります。
鍼灸は、皮膚の表面に鍼(物理的)やお灸(温熱的)で、刺激を与えることで効果を発揮します。この刺激がまず働きかけるのが、身体の表面に広がる末梢神経系です。末梢神経系は、皮膚、筋肉、血管などに分布しており、温熱や痛みなどの感覚を脳に伝える役割を持っています。
・筋肉の緊張緩和:鍼灸の刺激により、体内にあるCGRPや一酸化窒素という物質を放出します。この作用で皮膚の血管が拡張し、血流が良くなります。
血流が改善されることで、筋肉の緊張が緩和され、痛み物質や老廃物の排出が促され、凝りや痛みの緩和に繋がります。
・痛みを調節する物質が出る: 鍼灸の刺激によって、その場でアデノシンやサブスタンスPが放出され、アデノシンは直接的に痛みの信号を抑制する働きがあり、サブスタンスPは通常、痛みの信号を脳に伝える役割を持つ物質ですが、鍼灸の刺激は、このサブスタンスPの放出を抑制したり、その働きを弱めたりすることで、痛みの信号を伝わりにくくします。これらの総合的な作用により、鍼灸の局所では、炎症を鎮めたりして、痛みを和らげる手助けをします。
鍼灸による末梢からの刺激は、次に脊髄へと伝わります。脊髄は脳と身体の各部位をつなぐ太い神経の束で、感覚情報を脳に送ったり、脳からの指令を身体に伝えたりする重要な役割を持っています。鍼治療と同様にお灸の刺激も神経伝達物質の放出を促し、脊髄での痛みの伝達を抑えたり、神経の過敏さを和らげたりすることで、鎮痛効果を発揮すると考えられます。
・痛みの門を調節: 鍼灸の刺激が脳に伝わると、脳からセロトニンやノルアドレナリンという物質が脊髄に送られてきます。脊髄には、痛みの信号を脳に送る門のような働きをする部分がありこれらの作用で、その門を閉じるように働きかけ、痛みの刺激が脳に伝わりにくくします。この働きで、脳が感じる痛みを減らします。
・痛みを抑える物質を調節: さらに、脊髄ではエンケファリンやダイノルフィンといった、自身の身体で作られる天然の痛み止め物質が放出されえます。これらの物質は、脳からの指令で痛みを下から抑え込む働きを強め、より強力に痛みを押さえます。鍼に電気を流すと、刺激の強さや周波数によって、放出される天然の痛み止め物質の種類が変わることも分かってきています。これによって、様々な種類の痛みに合わせて、より効果的な鎮痛作用を引き出すことができると考えられています。
鍼灸の刺激が末梢神経系から脊髄を通り、最終的に到達するのが脳です。脳は体の司令塔であり、感覚の認識、感情の処理、自律神経の調節など、あらゆる生命活動をコントロールしています。
さらに、脳の中でエンドルフィンという強力な天然の鎮痛剤を出させ、気分を良くしたり、痛みを和らげたりする働きがあり、気分や感情にも関係するドーパミンも放出され、痛みが続くことで起こるつらい、やる気が出ないといった感情面にも良い影響を与えると考えられています。近年では脳の特定の領域の活動を変化させ、様々な治療効果をもたらすことが、機能的MRI(脳の活動を画像で見る技術)によって示されています。
鍼治療は、物理的な刺激で主に脳の感覚を感じる部分にアプローチします。手足や肩腰などに鍼を打ち、その感覚が脳に伝わり、痛みの強さや場所を認識する脳の働きを調整します。例えるなら、痛みの信号を処理する司令塔のような部分に働きかけ、信号の強さを適切に調整するイメージです。
そのため、明確な痛みの感覚を和らげるのに適していると言えます。
お灸は、温熱刺激で主に脳の感情や気分を司る部分に働きかけます。お灸の温かさや香りは、心地よい感覚を脳に伝え、痛みに伴う不安やストレス、落ち込みといった感情を落ち着かせる効果が期待できます。これは、痛みを嫌なものやつらいものと感じる気持ちを和らげ、心と身体の両面から痛みを楽にする働きがあるということです。例えるなら、痛みの感じ方を変えることで、痛みの苦しさを軽減するイメージです。
このように、鍼と灸はそれぞれ脳への作用が違うので、患者さんの痛みの種類や状態に合わせて使い分けることで、より効果的な治療が期待できます。
鍼の作用
・脳の活動を調整する: 脳の中には、痛みを感じる部分と、痛みを抑える部分があります。鍼は、痛みを感じる部分の活動を抑え、一方で痛みを抑える部分の活動を活発にします。
・脳のネットワークを調整する: 脳は様々な部分がネットワークでつながって働いています。鍼は、このネットワークのつながり方を調整し、痛みがもたらす不快な感覚や、痛みのせいで集中できないといった状態を改善する助けになります。
お灸の作用
・集中力や記憶力に関わる脳を整える: お灸は、私たちが何も考えていない時に働く脳のネットワークを整えます。これが、記憶力や集中力の改善につながる可能性があります。
・気持ちを落ち着かせる: お灸の温かい刺激は、脳の感情に関わる部分にも影響を与え、心をリラックスさせたり、気持ちを安定させたりする効果が期待できます。
個人の症状に合わせた鍼灸治療で、より良い毎日を。
鍼灸治療の作用機序について、開業から10年以上経過したので更新して、論文を元にご説明しました。鍼灸のメカニズムは不明な点も多いのですが、科学的な解明も進み、近年では機能的MRIにより、鍼灸の脳への作用機序も少しずつ解明されてきました。
鍼灸治療は、専門家が行うことで副作用が少なく、安全性が高い治療法です。さらに、痛みを軽減するだけでなく、自律神経や内分泌系にも働きかけることで、不眠や精神的な不調など、幅広い症状の改善も期待されています。
患者さんの毎日をより健やかに、そして快適にするお手伝いができれば幸いです。
参考文献
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